お侍様 小劇場
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   “秋の訪のい?” 〜寵猫抄より


そういえば蝉の声が下火になった。
宵を待たずとも、日陰の草むらから虫の声がする。
朝起きて、まずはと窓を開けると、
結構いい風が吹いている。
新聞を採りにと門までを行く途中で、
蚊の急襲を受ける率が減った、ような気がする。

 “何だかんだ言っても秋ってことかなぁ。”

とんでもなく暑かった夏は まだ、
西日本や中部地方などなどを中心に、
猛威を振るっているそうではあるけれど。
都内にしては緑の多い土地なせいだろか、
あの炙られるような暑さ、
ここいらではとりあえず一段落したようで。

 “昼間のお買い物は、まだちょいとキツイですが。”

あまりの暑さを記録した日なぞ、
お出掛け大好きな久蔵が、勘兵衛の足元に居残り、
行ってらっしゃいと七郎次を玄関でお見送りくださったほど。
その時はさすがに、主従二人で“あらまあ”と呆れたものの、

 “まあ、あの日は勘兵衛様が執筆から離れていらしたし。”

空調をしっかと整えていても、
不思議なもので暑さか不快指数が届くものなのか。
昼間の書斎がどうにも落ち着けないと、
テンションを上げ切れずにいた日が、
珍しくも何日かあったようで。
もしやして体調がお悪いとか…と、
ついつい先走って案じかかった七郎次だったが、
どうやら単に集中出来ぬだけだったようで、

 『これ、久蔵。爪を引っかけるでない。』
 『にゃあみゅ、みゃっvv』

プロットはお在りだったらしく、
思いつく端からメモを取ってみては、
久蔵に邪魔をされ。
これはたまらんと頭上へと遠ざけたその腕を、
器用にシャツへと爪をかけての、
一気に駆け登られたりしていたのが、
向かい側のソファーにいた七郎次には、
何だか即興のコントを見ているようだった。

 「にゃっ、みゃうvv」
 「久蔵、日陰にいるんだよ?」

ツナ缶とコーンをソテーし、
ふわふかのスクランブルエッグでくるんと包んだオムレツと、
バターの風味も豊かなパンケーキ。
あ〜ん、はふはふ・あむあむと、
朝からしっかり食べた仔猫様は、
今日も変わらずお元気そうで。
七郎次おっ母様が洗濯物を干してた、
その足元にいたそのまんま、お庭の探検を続行中。
何だか今ひとつ乗れなかったらしき島田せんせえも、
昨日今日は調子が戻られたものか。
そちら様はエノキのみそ汁に白米、
ムツの塩焼きに小松菜のおひたしという、
純和食の朝食をとるとそのまま、
真っ直ぐ書斎に下がってしまわれて。
あとで読み合わせを頼むと言われているので、
冬の号の読み切り1本、
2日で仕上げてしまわれたようであり。

 『雪原の中、ひどい“しまき”に撒かれつつ、
  氷や吹雪を操る邪妖と戦う話での。』

しまきというのは横なぐりの風に乗った猛吹雪のことで。
そんなほど涼しい
(?) お話を、この酷暑の中で巧みに算段し、
身に添う凍感を招くよな、見事な描写でしたためられるだけの、
ずば抜けた集中を練り上げられるのだから、

 “作家の創造力や表現力って、
  やっぱり大したもんだよなぁ。”

それともそれとも、
執筆と並行し、その身を引き絞る鍛練も、
欠かさず続けている勘兵衛だからこその所業なのだろか。
ともあれ、家事も一段落ついたのでと、
今時の話題や服装なぞの参考に、
それもまた勘兵衛の執筆の資料として購読している雑誌を何冊か、
テーブルの上へと引っ張り出した七郎次だったが。
やっぱり蝉の声がずんと減ったらしき静かな庭から、
仔猫が紡ぐ、愛らしい鼻歌のような声が聞こえて来るものだから、

 “…何をそんなにご機嫌さんなのかな?”

集中が戻った勘兵衛同様、
まだまだ暑いのに お外で遊ぶ方がいいと、
お元気が盛り返したらしき久蔵であり。
みゃあ・みぃ、にゃう・みぃと、
何に夢中になっているやら、
なかなか戻って来ないのが却って気になった。
そういえば、洗濯物を干している間も、
七郎次へとじゃれつくでなし、
まだまだ青々とした芝草の上を、
小さな体をますますと小さく丸めて、
何かを追っていたような?

 「久蔵?」

その何かへあまりに熱中していて、
この暑さが二の次になっているのかも知れぬと、
遅ればせながらそこへと気がつき、
いかんいかんと立ち上がる。
彼らにはこう見える年頃に合うだろう
大きさの帽子をかぶらせても、
実体は小さな小さなメインクーンの仔猫という和子なので、
全身丸まるかぶさる、
移動式テントかテーブル用のはい帳状態になるのがオチと来て。

 “…今時の人、はい帳って御存知でしょうかね?”

各自、ググッて調べるように。
(こらこら)
そっちは十分御存知ながら、

 『猫でも熱中症になるものか?』
 『なるんです。
  テレビでも、小さな子供や犬猫は、
  大人よりうんと地面に近いので、
  注意してあげましょうって呼びかけてました。』

勘兵衛へムキになって言い返したのに、
その当人がうっかりしていてどうするかと、
沓ぬぎ石に置かれたサンダルに足を突っ込み、
少々慌て気味に庭へと出動。

 「久蔵、そろそろお部屋へ上がろうか。」

お気に入りにしている茂みの陰を覗き込みにゆけば、

 「にゃっ!」

いっせぇのと勢いつけてたらしき一声が、
こちらの接近と示し合わせたかのような、
タイミングにて聞こえて来。
何かへ狙い定めて飛びついたそのまま、
そちらへ向かいかけていた七郎次の足元へ、
がささと飛び出して来たのが、小さな久蔵ご本人。
それと……、

 「おおう。」

ばたたばたたと逃げ惑うように飛び交ったのが、
まだまだ小ぶりのバッタたち。
どうやら彼らが
ぴょこたん・かささと
草むらでこそこそ騒ぐ物音が気になったから、
何だろ何だろと鼻先を芝にくっつけるようにして、
追い回していた彼だったようで。

 「にゃっ!」
 「ああ、これこれ。」

カタツムリへはあんなにイヤイヤと怖がるくせに、
それ以外へは、
セミやトカゲが相手でも全くの全然怖がらぬ腕白さん。
大慌てで逃げ惑うのを、
まだ追っかけたいとする前傾姿勢の坊やを捕まえ、

 「もうお部屋へ上がろうな。」
 「にあ?」

だってほら、こんなに頭や背中が熱っちいぞ?と、
膝を折っての屈み込み、
抱え上げた小さな和子のふわんふわんした金の綿毛へ、
頬をくっつけすりすりしてやれば、

 「みゃあvv」

擽ったかったのか、
満面の笑み浮かべ、きゃっきゃとはしゃぐ幼子であり。

 いい子でいないとな。
 今朝方、カンナ村からの鳥さんも来ただろうよ。

 みゃう♪

 そうそう、キュウゾウくんへって、
 久蔵が作ったゼリー、食べてもらうんだもんね?

だからね、お部屋に上がって、そうお支度しなくちゃねと。
やさしいお声で話しかけつつ、
随分と温気に暖められたらしい小さな小さな和子を、
懐ろに大事そうに抱え上げ、
リビングの方へととぽとぽ戻る七郎次であり。
まだまだ木陰の陰の色合いも濃いほど、
陽も強くて残暑も厳しい九月。
ここでぱったりと倒れてしまわぬよう、
皆様もお体にはご自愛くださいますように。










   おまけ


夏の盛りの間も時々遊びに来てくれたし、
久蔵の方がお邪魔もした、
古モクレンの根方の向こう、
遠い遠いご近所にあるカンナ村のキュウゾウくんは、
それはお行儀のいい子で、久蔵の大好きなお兄ちゃんであり。

 「こんにちは。」
 「にゃっ、みゃうっ!」

お顔を見たその途端、
嬉しさのあまり、さっそくのように
ど〜んと体当たりでご挨拶する久蔵をしっかと受け止め、
あらためまして おでこをこつんこ。
かわいらしいセレモニーを傍らでにこにこと見守る七郎次へも、

 「こんにちは。」
 「はい、こんにちは。」

丁寧なご挨拶を下さるのへお辞儀で返して。
暑かったでしょ、さあどうぞと、
リビングへ上がるようにと勧めつつ、
冷たい氷水で絞ったお絞りを差し出せば。

 「あ、ちょっと待って。」

背中に負ってたふろしき包みをよいせと降ろし、
シチロージと俺とでもぎましたと差し出されたのが、

 「…うあ、これはお見事なトウモロコシですねぇ。」
 「みゃあにゃvv」

はちきれんばかりな黄色も鮮やか、
丸々した実の綺麗に詰まった、大きなトウモロコシを何本も。
お食べくださいとのおすそ分け。

 「あのね、シチの世話する畑でたんと穫れるの。」

夏のお楽しみなんだよと、誇らしげに笑う仔猫さんへ、
あらまあと微笑ましげにほっこり笑い返した七郎次、

 「丁寧にお世話なさってるんでしょうね。」

先だっても大きなカボチャをいただきましたねぇと恐縮すれば。

 「シチがね、
  美味しいって喜んでもらえたらそれが何よりなんだって。」

さあさと手際よく、小さなお手を取っての導きに誘われながら、
お邪魔しますと上がったリビングは、
ひんやりした風がたゆたっていて心地がいい。
ともすればカンナ村より暑い町なのに、不思議だねぇと。
風の出どころを探して小首を傾げておれば、
七郎次の優しい手が汗のにじんだおでこや横鬢、
そおと、でも心地よくギュッとぬぐってくれて。
そうと構いつけながら、

 「そうですか。
  そちらのシチロージさんのそういうところは、
  わたしも一緒だから判ります。」

頑張って作ったご飯やおやつ、
久蔵や勘兵衛様や、キュウゾウくんが、
美味しいねぇって微笑って食べてくれると、
ここんところがキュンとなりますと、
自分の胸元へ綺麗な白い手を伏せて見せつつ。
なめらかなお声でそうと言い、
にこり微笑う綺麗なお顔は本当にシチロージとそっくりで。
でもねあのね、
ここにシチロージを連れて来て、並んでもらわなくとも、
少し違うかなと感じるところも一杯で。
小さな久蔵があそぼあそぼとくっついて来るのを捕まえておれば、

 「まずは喉を潤してから遊びましょうね?」

丁度お三時だし、
久蔵がね、頑張ったものがよっく冷えてるんですよと、
黒い塗りのお盆に載せて運んで来たのが、

 「…………わあ。」

ガラスの鉢にちゅるるんと揺れる、綺麗に透き通った不思議な氷。
いやいや、揺れる柔らかさといい、
仄かにピンク色なところといい、
これは氷では無さそうで。

 「みゃっ、にゃあみゅみゃんvv」
 「え? これって久蔵が作ったの?」

えっへんと胸から腹から張って見せる仔猫さんなのへ、
七郎次もうんうんと頷いて差し上げて。

 「そりゃあもう頑張ってお手伝いしてくれました。」

ゼラチンを煮溶かして、果汁や砂糖を加えたの、
よーいちょよいちょと掻き混ぜてくれた。
物を持つのが大変なお手々で、
それでも投げ出さずに頑張ったのだから、
作ったんだと胸を張っても間違っちゃあおるまい。
涼しいおやつを堪能し、
先に遊びに行ったおり、
撮ってもらった写真をプリントアウトしたの、
テーブル一面へ広げると、

 この子がコマチちゃんですね。
 そうだよ? とっても元気な子。
 あ、この人がヘイハチさんですね。
 うん。色んなものを作れるの。
 でも、このでじかめとか狙ってるから油断ならなくて。
 にゃうみゅっ!
 あはは、取り合いっこしたんだってね。

3人で額を寄せ合い、楽しく笑って観賞し。
窓の外にはまだまだ酷暑の陽射しが強いけれど、
それでも宵が近づけば、
ヒグラシの声や、
幼いながらもコオロギの囁きが聞こえて来るからね。
そおっとそおっと秋はやって来る途中……。



   〜Fine〜  2010.09.06.


  *いかにもなタイトルで、
   秋めいてきましたねというお話を構えはしましたが…。
   いやもう、これでもかというほど、
   ロスタイムたっぷりに夏が居残っている関西でして。
   ウルトラ残暑なんて言われとりますね。
   (誰が言い出すんだろ、そういうの…。)
   秋物がさっぱり売れないそうです。
   そらそうだろなぁ。
   いくらファッションは先取りするものとか言われても、
   半端ない猛暑日のただ中じゃあねぇ。

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